2008年08月05日
献血ルームは盛況
3日(日曜日)は久茂地の献血ルームへ行ってきました。
待合室はいっぱいで、座る場所もないほどでした。




献血ルームへ来るとその度に、「世の中は優しい人が多い」とうれしい気持ちになれます。

私も100回を目標に献血に協力していきたいです。
待合室はいっぱいで、座る場所もないほどでした。




献血ルームへ来るとその度に、「世の中は優しい人が多い」とうれしい気持ちになれます。


私も100回を目標に献血に協力していきたいです。
タグ :献血
2008年07月08日
緊急の成分献血

今日、血液センターから
緊急の成分献血のお願いが携帯電話にありました。「是非とも、午前中にお願いします。」
仕事を調整して、久茂地の献血ルームで成分献血をしてきました。
以前の私のイメージでは全血は緊急の輸血はあっても、成分献血にはそれが無いと思ってましたが、
成分献血(血漿や血小板)にも緊急の要請はあります。
仕事も大切ですが、この程度で顔も知らない方の命が助かるのならこれからも協力していきます。

2008年05月20日
やっと、やっと60回目
18日(日曜日)にようやく60回目になる献血に長女(小3)次女(5歳)三女(3歳)と一緒に久茂地献血ルームに行きました。



子供達は時々一緒に献血ルームに行くので、慣れたものです。私が献血が終わるまで3人で待っていてくれました。
たまたま、同級生と会いましたが、彼はもうすぐ、100回目の献血になるようです。最近も会って話しをしましたが、献血の話題になったことが無いので、気づきませんでした。でも、100回の献血はさすがです。
40歳代後半になると、友達がすごいとか感心させられることが度々ありますが、今回もそうです。
家庭があれば、父親の責任として100回程度の献血は当然と思って献血していますが、やっと60回目の私です。
同級生を見習って、子供達のために、お互い様の気持ちで献血を続けます。



子供達は時々一緒に献血ルームに行くので、慣れたものです。私が献血が終わるまで3人で待っていてくれました。
たまたま、同級生と会いましたが、彼はもうすぐ、100回目の献血になるようです。最近も会って話しをしましたが、献血の話題になったことが無いので、気づきませんでした。でも、100回の献血はさすがです。

40歳代後半になると、友達がすごいとか感心させられることが度々ありますが、今回もそうです。

家庭があれば、父親の責任として100回程度の献血は当然と思って献血していますが、やっと60回目の私です。
同級生を見習って、子供達のために、お互い様の気持ちで献血を続けます。
2008年05月03日
59回目の献血


久茂地の献血ルームで久しぶりに献血して来ました。
連休になるので、遊びに行く気分になって、献血者が減ることを予想して行ったのですが、
予想に反して、待合室はいっぱいでした。
ほっとしたような、うれしいような、安心したような気持ちになりました。
献血ルームに来ると、精神的にいい気持ちになることが多いです。


2008年02月10日
今年初の献血

今年初めてで、通算58回目の献血に行ってきました。
今日は連休の中日ですが、献血者が多くて駐車場もいっぱいで、待合室にも人が多く1時間ほど待たされました。
世の中捨てた物でもないです。他人に協力したいの気持ちを持っている人達が多いです。
長女と次女を連れて行きました。私が1時間弱の成分献血の間も、順番を待っている優しいお姉ちゃんに遊んでもらっていました。
献血ルームに来ると優しい気持ちやうれしい気持ちになって帰れます。


2007年12月28日
緊急献血

昨日(27日)、仕事を調整して、急いで
献血して来ました。その前日、献血センターから、電話いただき、
「急で申し訳ないですが、緊急にO型の血小板が必要なので、協力して欲しい。」
とありました。
「仕事が忙しいので、数日間は難しいです。」
お断りしたのですが、
献血を頻繁にするようになったきっかけが、
「自分の子供に何か起きた場合に誰かのお世話にならざるを得ない、ならば、お互い様の気持ちで父親の責任として積極的に献血して行きたい。」
だったので
献血ルーム に行ってきました。
血小板は3日間しか持たないそうですが、幸い私は成分献血に適しているようですので、これからも可能な限り協力していきたいです。
有ってはならないですが、
子供達が緊急に大量の輸血の必要性は可能性は低くても有りうることですので・・・・・。
2007年06月24日
献血

長女(小2)と次女(4歳)を連れて久茂地献血ルームに、献血に行ってきました。
成分献血に1時間程度かかりましたが、二人は待っていてくれました。
私の献血が終わるのを待っている間、やはり献血にきて順番を待っているお姉ちゃんと遊んでいたようです。20歳くらいの優しそうなお姉ちゃんです。
献血を積極的にしている若い人が献血ルームには多いです。自然と誰かのお役にたつことをしています。名前も顔も知らない他人に貢献しています。

「今時の若い者は・・・。」との若者への批判的な言葉を聞くことがありますが、
一度も献血の経験が無い人や献血をする発想のない人よりはずっとこのような若い人のほうが感心できると思います。


若者へ批判的な人はご自身が献血しながら、献血ルームでの若い人の様子を見学されてください。
2007年05月12日
2007年04月08日
献血
昨日(7日)はラジオスタジオを見学した後に、長女と献血に行きました。

直近の献血ルームでの協力状況
成分献血をやっている40分程度の時間長女は待っていてくれました。
その後、長女に私が献血を始めた理由や50回以上献血をしている理由を話しました。
長女の血液型はO型のRHマイナス、私は0型のRHプラス。
この子が生まれた時、
将来この子が事故や病気で輸血が必要になる時には私以外の誰かの力が必要で私は輸血できない。
そうであれば、お互い様の気持ちで積極的に献血
すべきだと思いました。
長女は私の話を聞いた後に、泣きそうな顔になってしまいました。
自分に何かあった時に、お父さんの血は使えない。でも、妹たちにはお父さんの血は使える。
そのことが悲しかったようで、
7歳の子供への伝え方のむずかしさを感じました。

成分献血をやっている40分程度の時間長女は待っていてくれました。
その後、長女に私が献血を始めた理由や50回以上献血をしている理由を話しました。
長女の血液型はO型のRHマイナス、私は0型のRHプラス。
この子が生まれた時、
将来この子が事故や病気で輸血が必要になる時には私以外の誰かの力が必要で私は輸血できない。
そうであれば、お互い様の気持ちで積極的に献血
すべきだと思いました。長女は私の話を聞いた後に、泣きそうな顔になってしまいました。
自分に何かあった時に、お父さんの血は使えない。でも、妹たちにはお父さんの血は使える。
そのことが悲しかったようで、
7歳の子供への伝え方のむずかしさを感じました。
2007年01月21日
50回目の献血
今日50回目の献血に行ってきました。最初の献血は平成12年9月です。その年の3月に長女が誕生しましたが、それがきっかけです。長女は私と同じO型ですが、私はRHプラス、長女はRHマイナスです。あってはならないですが、長女が事故や大きな病気になって、手術が必要な場合は私は役に立たず、
他のどなたかの助けをお借りしないといけないです。そう思うと、父親の義務として献血は当然にすべきことだと思って始めました。1ヶ月に2回の献血を何ヶ月もすることもありました。(成分献血は2週間後には、またできます)その時の頻度からすると100回の献血は難しくないと思っていましたが、今日ようやく50回目です。子供たちのためにも早めに100回目の献血までいきたいです。 2007年01月07日
献血

今年、初めての献血のため久茂地の献血ルームに行ってきました。年末と違って協力者も多くて待合室は一杯でした。昨日の献血状況も掲示されていました。B型が協力者の人数も必要量に対する達成率も少ないようです。気軽にできる
ボランティアと考えて献血に協力していきましょう。 2006年12月24日
献血





昨日(23日)嫁さんと子供達が那覇のじいちゃんとばあちゃんの家にいる間、久茂地の献血ルームで久しぶりに献血してきました。年末のせいか献血者が少なかったです。献血ルームには無料の飲み物やお菓子もあります。お金がかからなくて、簡単にできるボランティアだと思います。多くの方が協力されてはと思います。
2006年07月25日
献血しましょう

久茂地の献血ルームに行ってみて下さい。感心します。若い人で積極的に献血している方も少なくないです。お互いさまです。時間があれば、献血に行きましょう。成分献血は2週間後にまた成分献血ができます。自分の大切な人が輸血の必要性がでてくるかもしれません。今で誰かのためにやっていたら、自分の大切な人が輸血の必要な場合は協力してくれる人もいるはずです。
2006年07月15日
47回目の献血
前回はミンデーで途中でストップとなりましたが、今回は無事献血できました。実は、私が初めて献血をしたのは、長女(6歳)が誕生してからです。長女の生まれて直ぐの血液検査で、血液型がRHマイナスのO型と知りました。私はRHプラスのO型、妻はRHプラスのA型です。有ってはならないことですが、長女が大けがとか、手術などで、輸血が必要な場合があれば、私たち以外の誰かの助けをいただくことになります。それから献血をするようになりました。子供が誰かの助けを必要とするのなら、父親の役割として、私が誰かの助けをしなければと思いました。成分献血は2週間後にはまた成分献血ができます。一時は1ヶ月に2回の成分献血を数ヶ月続けていましたが、最近はついうっかり忘れたりしていました。5月に誕生した四女がRHマイナスのA型です。それから、再度意識して献血をするようになりました。
2006年06月17日
46回目の献血




久しぶりに献血に行きました。ところが、献血の針を射して5分ほどして、看護婦さんが「目は ものもらいですか?」
私「朝から、むずがゆいので、ミンデーかもしれません。」
看護婦さん「ものもらいは、献血できませんよ」
私「たかが、ミンデーで駄目ですか?」
看護婦さん「ものもらいは感染するので、申し訳ないけど献血は中断しましょうね。」
献血前の問診をされたドクターも出てこられて、「最初で気がつかないで、ごめんない。献血は中断しましょうね。」
私が最初で申告していたら、針を射す前に献血はできないことを教えてくれたはずですが・・・
久茂地の献血ルームはお菓子も置いていますし、飲み物も無料です。近くまで来て、1~2時間の空き時間ができた方は献血されてみては、いかがでしょうか。ただし、ミンデーの方は治ってからにして下さい。



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